毛皮を着たヴィーナス ザッヘル=マゾッホ

マゾヒズムという語は、サディズムがサド公爵にちなんでいるのと
同様に、この作家の名から性科学者のクラフト=エビング博士が
取り出したものである。

主人公ゼヴェリーンが夢の中で見た美しいヴィーナスは、ある夜、
ヴィーナスの石造から忽然と現実の女性として姿を現す。その
美しい未亡人ワンダをゼヴェリーンは、自分好みの女性へと仕立て
上げていく。毛皮を着たヴィーナスとは、ワンダに毛皮を着て欲しい
と頼むことにちなんでいる。
セヴェリーンはワンダとワンダの奴隷となる「契約」を行う。
ワンダは次第にセヴェリーンの期待通りに彼をいたぶるように
変身を遂げる。

この物語の驚く点は、この物語の刊行後に「ワンダ」となる女性が
マゾッホの前に姿を現したという点である。とある貧民街に住む
お針娘のアウローラであった。マゾッホは彼女を巧みに調教して、
小説のワンダそっくりに仕立て上げた。ワンダ同様にアウローラは
他の男と姦通し、マゾッホは狂わんばかりの嫉妬から快楽を得た。
二人の関係の結末も、小説の結末と同じである。

「愛の幸福を心ゆくまで味わえないのなら、愛の苦痛、愛の苦悩を
最後の一滴まで残らず飲み尽くしたい −ザッヘル=マゾッホ